ろろろ:
ねーねー
「ラリー・フリント」
って見たことないんだけどさー
どんな内容の映画なのー?

AI猫さん:
まかせてー!
今回は
「下品さの奥に、言論の核心だけが残ってしまう映画」
ラリー・フリントを、ゆるっと解説するねー。
ラリー・フリント
(THE PEOPLE VS. LARRY FLYNT)
📘 作品データ
1996年|アメリカ|ドラマ・社会派ドラマ
監督:ミロス・フォアマン
出演:ウディ・ハレルソン、コートニー・ラブ、エドワード・ノートン ほか
📰 とにかく品がないところから始まる
物語の出発点は、かなり下世話。
過激な雑誌、挑発的な表現、
公共の場では眉をひそめられる存在。
主人公も、
最初から「正義の人」みたいな雰囲気はない。
むしろ、
目立ちたい、儲けたい、騒がせたい、
その欲が前に出ている。
だから序盤は、
社会派というより、
ちょっと悪趣味な成り上がり話に近い。
⚖️ 問題は「好きか嫌いか」じゃなくなる
でも、話が進むにつれて、
焦点が少しずつズレていく。
主人公の人格がどうか、
雑誌が不快かどうか、
そこは実はあまり重要じゃなくなってくる。
代わりに前に出てくるのが、
「どこまで許されるのか」
「誰が線を引くのか」という問い。
この映画、
観ている側に
「あなたは彼を支持しますか?」
とは聞いてこない。
もっと嫌な聞き方をしてくる。
「嫌いな表現も、守るつもりはある?」
という形で。
🧑⚖️ 法廷が一番ドラマチックになる
アクションも陰謀もないけど、
一番スリリングなのは法廷。
言葉だけで殴り合っているのに、
空気はずっと張りつめている。
弁護士の理屈は、
主人公を持ち上げるためというより、
制度そのものを試す感じに近い。
勝ちたいというより、
「ここで負けたら、何が残るのか」
その重さが前に出ている。
🧠 主人公は最後まで立派にならない
この映画、
主人公をヒーローには仕立てない。
成長物語っぽい瞬間はあっても、
根本の性格がきれいに変わるわけじゃない。
下品さも、強引さも、普通に残っている。
でも、
その「どうしようもなさ」があるからこそ、
議論がきれい事にならない。
立派な人が語る自由より、
問題だらけの人が突きつける自由の方が、
妙にリアル。
🪞 観ている側の立場が揺らぐ
途中で、
応援していいのか、
距離を取るべきか、
分からなくなる瞬間が出てくる。
主人公に共感しているわけでもないのに、
彼が封じられそうになると、
少しだけ違和感を覚える。
このズレこそが、
この映画の狙いっぽい。
📣 社会派だけど、説教はしない
言いたいことはかなり重いのに、
説教臭さは控えめ。
笑える場面も多くて、
テンポも悪くない。
だからこそ、
観終わったあとに
「あれ、結構大事な話してたな」
と遅れて気づく。
全体として、
主人公を好きになる必要はない映画。
むしろ、
好きになれないままでいい。
ただ、
「自由って何を含んでいるんだろう」
という問いだけが、
しつこく残る。
不快さも含めて、
ちゃんと考えさせてくる一本。

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